学校長に聞く
2023.02.21
防大学校長 久保文明 |
周知のように、昨年防衛大学校は創立70周年を迎えました。
71年前、独立を回復したばかりのわが国は、警察予備隊さらには保安隊を創設して自衛力の保持を決意し、それは昭和29年自衛隊の発足に繋がります。吉田茂総理大臣はこれについて当初逡巡したようですが、いったん自衛力保持を決断したのちは、その幹部を養成する機関のあり方に強いこだわりを示しました。拙速な形で戦闘訓練をさせるよりは、民主主義を理解実践させた上で一般大学の学生と同様の学習をさせ幅広い教養を持たせること、科学性・合理性の教育を重視した学校にすること、そして何より、戦前陸軍と海軍が別の士官学校を擁していたのと反対に、それらが統合された一つの学校になることを強く望まれました。その基本的方向性において、こうした考え方はきわめて妥当なものであり、本校の基礎を固めるのにきわめて重要な役割を果たしたといえます。
創立以来、本校は、陸海空自衛隊を率いるリーダーを輩出してきました。われわれは誇りと自信をもって、これまで70年の成果を国民に語ることができます。
しかし、同時に本校は、過去の成果に胡坐をかいてきたわけではありません。70年の間に時代の要請に応え、また国際環境の変容に対応して、防大はそれなりに大きな変化を遂げてまいりました。専攻には人文社会系を含むようになり、大学院に相当する研究科前期・後期を立ち上げ、また受入・派遣双方で海外との交流の機会も増やしてきました。近年はグローバルセキュリティセンターといった研究センターも立ち上げ、研究機能も強化しています。30年前の第40期に始めて女子学生が入校した際、その人数はわずか40人弱でしたが、現在は70人であり、本年4月からは100人となります。これまた本校にとっては大きな変化であります。教官と学生、そして学生間の関係も変わりました。
そこでいくつかの点に絞って、防大の現状についてご報告し、どのような方向性を探っているかについて大まかに記させていただければと思います。
防大と内幕の相互理解の深化とコミュニケーションの円滑化に貢献している仕組みとして、防衛大学校を充実・強化するための防衛省内の会議があります。私が赴任する少し前に立ち上がりました。事務次官が座長を務め、統合幕僚長、陸海空幕僚長、官房長、衛生監、そして人事教育局長が出席してくれます。ここで、防大が直面する諸問題について率直に意見交換することができます。防大は、ご存じのように本省に置かれた施設等機関であり、防衛省内で高い地位をいただいています。予算を含むさまざまな課題については内局に相談しておりますが、エンドユーザーたる各自衛隊の声と防大の希望が相互にやや届きにくい環境にあります。その意味で、この会議の存在は防大、内局、各自衛隊の認識を共有する画期的な場です。
最近は防衛省内の様々な会議に防大学校長も呼ばれるようになったのも、防大にとってはよい効果をもたらしていると感じます。直接防大が議題になることはあまりありませんが、防衛省・自衛隊で起きていることを知り、防大内で認識を共有することができるようになりました。
そこでの議論に触発されて取り組んだのが防大独自の中長期計画の策定でした。ご存じのように中期防衛力整備計画(中期防)というものがあります(今回から「防衛力整備計画」となりました)。しかしそれに見合う中長期計画が、大規模施設の新築・改築を除外すると防大にはありませんでした。そこで、令和3年末にその作成を開始しました。中期防は5年が単位でしたが、こちらは10年程度を視野に入れました。最初はゼロからのスタートですので難航しましたが、ともかく令和4年春には形をなすくらいにはなりました。さらに工程表もつけ、視覚的に5年後10年後にはどの程度まで進展するのかがすぐにわかるようにしました(この工程表方式は私が内閣府の宇宙政策委員会宇宙安全保障部会の委員をしている際に学びました)。さらに各年度で達成された成果をもとに毎年改定していくことにしました。
むろん、これらは枠組みや手法の話でして、いうまでもなく実質として何を目指すのかがより重要です。それについては、学生舎生活環境の改善、研究・教育・訓練施設の充実、メンタルヘルスへのより大きな配慮など、さまざまな項目を盛り込みましたが、サイバーなどのいわゆる新領域における教育の強化・拡充、留学機会の増加を含めたより一層の国際化の推進、研究基盤の拡充などをとくに重視しています。
サイバー教育については、防大生全員のサイバー・リテラシーを上げるための措置と専門的な教育の拡充を考えています。
留学生関係では受託教育(主に東南アジアからの留学生。5年間防大で過ごす)で教員増を実現し、人手不足を解消したいと考えています。ちなみに、留学生協力家庭(ホストファミリー)の皆様に対しては、昨年からカッター競技や演劇鑑賞会など校内行事の一部について招待状をお送りして、留学生の活躍や防大についてさらにご理解を深めていただくように配慮しています。
防大生は、学生時代アルバイトはできず、就職活動およびそれと関連したインターンを経験することもできません。他大学の学生と交流する機会も限定されがちです。そこで、令和3年度からJICA(国際協力機構)のご協力を得て、JICA本部での校外研修を実施させてもらい、今年度はそれに加えてJICAの海外(本年度はカンボジアとフィリピン)プロジェクト現場での研修も加えてもらいました。4名の学生が合計で4週間程度の研修を受けることになります。このような機会を作っていただいたJICAには心より感謝したいと思います。これを通じて学生は異なった職場環境で勤務する経験を積むとともに、日本の外交を、海外援助という異なった観点から理解する視点を得ることができるのではないかと期待しています。この他にも、防大生の留学機会を増やして行きたいと考えています。
日本の防衛政策の中では研究開発費の少なさも指摘されています。短期的な装備の開発・調達は防衛装備庁が担っていますが、やや中長期的かつ基礎的な傾向を持つ研究に関しては、200人を越える理工系教員を擁する防大が、防衛省の中で一定の存在意義を示すことができるかもしれません。一般大学は「軍事」研究を避ける傾向にありますので、ますます防大が手をあげる必要性は大きそうです。
ちなみに、来年度に関しては、防衛費増額の大方針の中、防大に関しましてもこれまで認められなかった予算がつきそうで、学生舎の生活環境の改善などは進みそうです。
懸念すべき点がないわけではありません。昨年度は任官辞退者が70名を越えました。新型コロナウイルス感染症により長期の隔離などが要因の一つかとも推測されますが、より長期的な要因が絡んでいるのかもしれません。注視する必要があります。また、残念ながら着実に防大の受験生が減少しています。こちらも様々な対策を講じていますが、まだ効果をあげていません。抜本的な対策が必要かもしれません。さまざまなハラスメントに関して学生の意識は近年高まったと感じますが、それだけでは十分ではありません。将来、幹部自衛官となる者としてのリーダーシップ、フォローシップのあるべき姿を引き続き追求します。
このように、まだまだ課題は残っています。新しい課題と挑戦も次から次へと登場します。安閑としているわけにはいきません。引き続き、前に進むことを検討し続けることがわれわれ防大を預かるものの責務であると肝に銘じています。同窓生の皆様からも引き続きご助言等いただければまことに幸いに存じます。