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防大講話録・投稿論文

平成30年度防大同窓会代議員会記念講演(櫻井よしこ氏)

2019.03.09

「激動する内外の情勢を踏まえ、我が国の進むべき道」

 講師 櫻井よしこ氏

 皆様こんにちは!最前列にいらっしゃる方々の御顔を見ただけで、私の話で良いのかなと、心許ない感じを抱きます。私なりに今の世界を観て、結局、日本は今、何をすべきかということをお話し申し上げてみたいと思います。

●世界情勢の大きなうねりの中で
 世界が時間単位でと言って良いくらい激しく、早く、大きく変わっています。この激動の時期であればこそ、考え方の軸を変えていかなければならないと感じます。戦後70年あまり、私たちは日本と太平洋、そして、アメリカをつなぐ横軸を基本に考えておけば、大体のことは問題解決につながるという空気の中で過ごしてまいりました。アメリカに憲法を作られ、そのもとでずっと過ごしてきました。私は自衛隊には本当に感謝していますし、今の日本に自衛隊がいることで、日本はもっていると心から思っております。しかし、自衛隊は日米安保条約の中で一つの重要な役割を果たしつつも、日米安保条約がなければなかなか万全の役割を果たし得ない。そういう位置付けで来ざるを得なかった。そのような中で、先ほど申し上げましたように、アメリカとの関係さえ基本的にきちんと押さえておけば、かなりの部分はカバーできるという時代が続きました。しかし、中国が台頭し、ロシアが迫っています。氷が解けて北極航路が非常に重要な戦略的な意味を持つようになり、南に目を移しますとオーストラリアがある。国土は非常に広いのですが、総人口が少ないため、驚くほど強い中国の影響下に入ってしまいました。現政権は中国に対して物を申そうという政権ですが、政権交代があればこれも一夜にして変わります。過日インドへ行って驚いたのは、安倍総理は日本、アメリカ、インド、オーストラリアの4か国の連携協力を提言していますが、マラバール演習にインドがどうしてもオーストラリアを入れようとしない。国家基本問題研究所の私たち代表団は、ビベカナンダ国際財団に尋ねました。どうしてオーストラリアとの協力が難しいのか、と。するとオーストラリアは親中派と反中派、中国を警戒すべきだという勢力に二分されている中で、今の政権が良いからといって、つまり中国に対して十分な警戒心を持っているからといっても、政権交代で親中派の政府ができれば、こちらの情報が全部筒抜けになってしまうと言うのです。オーストラリアもニュージーランドも中国の勢力に影響されてしまいかねないと考えなければならないのです。多方面に気を配らなければ万全の戦略を作ることができなくなった。太平洋を挟んで、日本とアメリカとの横軸の発想から、縦軸も含めた発想に切り替えなければならない時代に入っている。ユーラシア大陸での動きを鋭く意識すること、とりわけ、中国をどういう風に見るのかが最重要の課題だと思います。
 富山県が逆さ地図を作っています。ユーラシア大陸の方から見ると、日本海が中国の内海のような感じ、中国にとってこれは自分たちの海なんだと感じるような位置付けです。中国にとって、日本列島に拠点を持ち、影響を及ぼすことが戦略的にも政治的にも非常に重要なのだということが見てとれるのがこの逆さ地図です。また、太平洋の側から言うと、日本列島を拠点にしてユーラシア大陸に影響を及ぼす、手をかけるという意味で、これまた日本列島がいかに重要な意味を持つかを示す地図でもあります。日本国の物理的、地政学的立場を考えると、中国からの圧力と、アメリカからの圧力、陸と海からの力のせめぎ合いの場になる運命を担っているということでしょう。従って、世界情勢が変化しているいま、アメリカとの関係を重視しながらも、ユーラシア大陸の国々との関係も注意して見ていかなければならない、そういう時代だと思います。
 トランプ氏の出現もあり、アメリカの大変化が痛感されます。しかし、アメリカの変化は、実はトランプ氏が始めたわけではありません。オバマ氏の時から同じ質的変化が起きていた。オバマ、トランプ両氏は全然タイプが違いますから、あのお二方が言っていることが本質的に似通っているとはなかなか想像しにくいですけれど、アメリカは着実に、どうしようもないような大きな潮流の中で変わりつつあると感じています。オバマ氏は、2013年9月10日、第2期目の最初の年にシリアでのアサド政権の化学兵器の使用に関して、軍事行動を取ることを世界が求めていた中で、軍事行動を取らないということを宣言いたしました。なぜ軍事行動を取らないか、その理由を、アメリカは世界の警察ではないからだとオバマ氏は言った。オバマ氏の選挙の時の公約は、海外で展開しているアメリカ軍の兵士たちを祖国に呼び戻す、それぞれの家庭に帰すということでした。それを1期目の終りに実行した。イラクから部隊を引き上げた。その途端にイラクがおかしくなり、中東の不安定さが増して、ISISなどのテロ勢力が生まれてきた流れはご承知のとおりです。それと同じことをトランプ氏は別の表現でおっしゃっている、アメリカファーストとかディールとかいう表現は、オバマ氏の公約と本質的に同じことです。

●国難に臨んでは大胆な選択という歴史
 このような大きな流れの中で日本は今までの日本ではだめで、戦後の日本の体制をここで大きく変えなければ日本国を守り通すことができないんじゃないかという局面に立たされています。歴史を振り返ってみると、先人たちは日本国の存続や日本国の日本国たるゆえんを守るために、凄まじい努力をしていたことがわかります。今年は御代替わりの年ですので、我が国の歴史、とりわけ国柄、国体をきちんと理解し学んでおかなければならないというので、国家基本問題研究所で勉強を始めています。大変興味深い言説にあいました。
 これは、学問の分野で通説となっているわけではないのですが、先人たちは、日本が中華の影響から距離を置き、日本、大和の道を歩むと決意して国家の守り神にまでも交代をお願いした可能性があるというのです。我が国の皇祖神は、私は天照大神だと思っていました。伊勢神宮にも天照大神が祀られていて、天皇皇后両陛下も総理大臣も行かれます。しかし、天照大神の前にタカミムスヒという神様がおられたということなんです。勿論専門家の中にはそうではないという方もいらっしゃるでしょう。私のような専門家でもない人間がどちらかに与したり、断定したりするつもりは全くありません。ただ、非常に興味深かったのは、タカミムスヒの神は古事記、日本書紀の中で国の神として主たる位置を占める形で記載されているんですね。アマテラスがタカミムスヒの神と同列で書かれているのが古事記です。日本書紀ではむしろタカムスヒの神が主役のような位置づけで、大変興味深い。
 7世紀の頃、天智天皇や天武天皇の当時に、タカミムスヒからアマテラスへの交代が、長い年月をかけての交代が始まったという説は、私には衝撃でした。実はこのような主張及び指摘は、日本古代史を専門にしていらっしゃる十文字学園女子大学名誉教授の溝口睦子氏の研究成果なのですが、溝口理論が正しいと仮定して、では、なぜ、こういうことが起きたのかと推測すると、当時の日本を取り巻く世界情勢の激変に思いが至ります。ご存じのように663年は白村江の戦いです。ここで日本は惨敗したわけです。日本は、次は唐と新羅の連合軍に攻められると非常なる恐怖心を抱きました。その中で、どうやって我が国を守っていくのかということを、天智天皇や天武天皇らは考えたはずです。勿論軍事上も構える必要があります。でも国として生き残っていくためには、軍事の整備に加えて日本民族の精神面の態勢づくりが非常に大事だったと思います。そして考えてみると、タカミムスヒの神というのは北方系の神様なのです。豪族たちが北方系の神様を信仰していて、その豪族たちが天皇にお仕えするという形で社会の秩序が保たれていました。国の上層階級、支配階級の信仰を受けていたのがタカミムスヒ。その一方で、我が国各地域にはいろんな神様がいらした。その中で太陽の神アマテラスは、民衆レベルで深い信頼を得て親しまれていた。兄である天智天皇の次に位についた天武天皇は、大陸から押し寄せてくるやもしれない中華の勢力に立ち向かうために、真に勁い大和の国をつくらなければならないと考え、人々が立派な大和人になれるよう、大和の文化を強調しようと考えたのではないか。大和の道を作るにはどうしたらいいかと考えて、北方からいらしたいわば外来の神であるタカミムスヒから土着の神である天照大神への交代を実現し、中国や朝鮮半島の勢力に精神的に立ち向かおうとしたという見方が成り立ちます。
 ここはあくまでもこのような見方が成り立ちますというところで私は留めておきます。私がここで申し上げたいのは、3世紀、4世紀の日本には文字がなかったわけですから中国から学びました。朝鮮半島を経由して技術も入ってきた。私たちは、北方からの様々な情報、技術に大きく依存し、影響も受けていた。そうした最中の七世紀後半、白村江で戦い、惨敗した。攻め込まれるかもしれない、民族として生き残るにはどうしたらいいかという時に、先人たちがタカミムスヒからアマテラスへの大転換を行ったのであるならば、これは凄まじい転換だったと思うのです。大和民族としての国、今風に言うとネイションステイトとしての日本国を守るのにこれだけの努力をしたんだと思えば、深く感動せざるを得ません。国を守る、民族を守る、国民を守るということの重みを知る人々の決断だと感じています。
 さて、国家が危機に陥った時に、どんなことをするのか、他の事例もあるでしょう。例えば、長崎県の天草の方で、潜伏キリシタンの古い教会などを、歴史遺産として登録をしてもらった。実をいうとその時、私は違和感を感じました。日本国がキリスト教徒を残虐に扱った、確かに文献を見ますと拷問をしたりという事例はあります。でも、日本が世界の中できちんと評価されるようにするにはもっと全体像を見た方がいいと感じました。その理由は、キリシタン弾圧の背景が全然触れられていなかったからです。歴史を振り返ってみますと、信長も、そして秀吉も、そして徳川の時代においても、日本の指導者層は当初イエズス会と折り合おうと大変に努力したんですね。
 この件については私自身記事に書いたのですが、ポルトガルやスペインから来たイエズス会の人々は、私たちの価値観とは非常に違う勢力でした。例えばアフリカにプラヴァという小さい国があったのですが、女性たちが純銀の腕輪をしている。銀がたくさん採れる国なのです。ポルトガル人は女性たちから銀の腕輪を奪おうとしたのですが、引き抜けなかった。みんな長年腕輪をしていて太ったりして取れなくなっていた。すると、ポルトガル人は女性たちの腕を切り落として腕輪を奪ったわけです。その被害者が800人から900人に上ったという記録があります。
 このような残虐な考えを持った人たちがキリスト教という宗教を掲げてやってきた。ポルトガル人の宣教師で非常に有名な人物にルイス・フロイスがいます。フロイスは16世紀後半、1563年に日本に来ました。彼は、日本国のあり方を見て、上の人、つまり大名たちを最初に改宗させれば、布教はうまく進むと考えて実践しました。にもかかわらず、なかなか布教が進まない。そこで彼は、こう書いています。大名を何人か改宗させた。布教事業がこの様に進展してもなお寺社や日本の民衆の土着の宗教を破壊し絶滅するについては困難があったと。こうした記述から、彼らが日本の宗教の破壊と絶滅を目指していたということがわかります。そして、天照大神を祀った伊勢神宮について、フロイスはこう書きました。われらの主が彼、ここでいう彼というのはキリスト教に改宗した蒲生氏郷という大名のことです。我らの主が彼に天照大神を破壊する力と恩寵を与えるだろうと我らは期待している。日本国の皇祖神である、国の神であるアマテラスの宿る伊勢神宮を破壊しようとフロイスは考えていたわけですね。
 そして、今回、歴史遺産に登録された長崎では、長崎の城主だった有馬晴信というのがいます。この人もキリシタン大名でした。有馬の領地の中に小さな島があった。その島に祠(ほこら)がたくさん作られていて、仏像がたくさん祀られていて、そこが仏教信仰の一つの拠点になっていた。そこに着いたフロイスは、悪魔は何年も前からこの恐ろしくぞっとするような場所を己の居城として築いていたと手紙に書き残しています。イエズス会の宣教師たちがキリスト教に改宗した日本人たちに言ったことも記録に残されています。それは罪とけがれを払拭するために手っ取り早くできることがある、通りがかりに寺院や神社に火をつけて燃やすことであるというのです。加えてイエズス会の人々は日本人を多数とらえて奴隷として売り飛ばしたという事実もあります。
 このような蛮行と日本の宗教を滅ぼそうというような行動に非常に怒ったからこそ、秀吉はイエズス会の人々に言っています。「汝らはなぜ、仏教や神道のように穏やかに布教ができないのか」「なぜ、日本人を捕まえて奴隷として海外に売りとばすのか」「なぜ、今も手元に何十人も何百人もの日本人を、売り飛ばすために確保しているのか」「この日本人を集めるのに資金がいったのであるならば、余がその資金を立て替えよう。だから解放せよ」と言ったりしています。こういう背景があった。しかし、イエズス会の宣教師達は基本的にキリスト教の布教のことしか考えない。日本人の宗教や風習は一顧だにしない。結果として当時の日本の統治者らとは折り合えない。うまくいかなくって、止むを得ず、弾圧に至った。
 当時、ポルトガルやスペインは、日本にとっては先進国でした。その進んだ強い国に対してこのような措置を取った。日本国のあり方、日本の社会のあり方、日本人としての生き方などを守り通して当時のリーダーたちはキリシタンを禁止したと思います。日本の国柄を守り日本国民を守るための戦いだった。潜伏キリシタンに関連する遺跡を歴史遺産として登録するのであれば、このような背景をきちっと押さえたうえで登録しなければならないのですが、その肝心の部分が一言も表明されていない。このようなことでは、精神的な国防はできないと思います。
 イエズス会と訣別した後も、日本は海外の勢力とぶつかり、影響を受けてきました。明治維新では革命と言って良いような変化を体験しました。幕藩体制が崩壊して、天皇を中心として、近代国家としてのスタートを切った。この時の日本人は本当に立派だった。それまで国家を統治していた人々は、自分たちが何世紀にもわたって享受してきたすべての特典を潔く、返上した。世界の他の国でこんなことはあり得なかったと思う。日本人は自分の利益よりも、日本国の生き残り、民族の生き残りをかけて新しい制度に粛々と移ることができた。先人たちの立派さが際立った時代だと思います。
 もう一つは大東亜戦争。敗戦によって憲法をアメリカに作られた。教育制度も土地制度も変えられたが、日本人は黙々と従った。何のために?国柄を守るためだったと思います。あの時、誰もが皇室はこのまま続くのだろうか、存続できるのだろうかと心配したはずです。非常に多くの人たちがいろんな動きをしましたので、敗戦時の状況を一言で言い表すのは簡単ではありませんけれども、あの時日本が敗戦をきちんと受け入れて、みんながそれに従ったのは何としても日本国として生き残って次の世代につなぎたいという気持ちがあったからです。そして、7年弱占領されました。独立を回復した時に、では、どれだけ国家としての基盤を取り戻したか。取り戻す努力はしたと思いますよ。けれども、あまりにも政治的に難しい状況がずっと続いて、憲法を一文字も変えることなく、七十数年間が過ぎて今日に至ります。

●今直面する国難の中で
 今、私たちはまたもや大きな変化の前に立たされています。この変化は百年に一回、二百年に一回の変化だと思います。先ほど申し上げた日本とアメリカの関係を横軸において、これさえしっかりと守っていればおよそすべて方が付くという時代ではなくなりました。自衛隊の皆さんからすれば、日本とアメリカの軍と軍の関係が良いので、そこで一つの安心材料を得てしまうかもしれません。けれども、政治、経済、そして国際関係の全体像を見ますと、容易ならざる状況です。
 トランプ大統領のお考えは、トランプ氏一人が考えていることではなくて、アメリカ社会の根底にずっと培養されてきたと言いますか、育まれてきた考え方がトランプ氏によって非常に強い形で発信されているにすぎません。トランプ氏がどういうお考えを持っているのか、この頃ようやく一つの方向が見えてきたという感じはいたします。しかしそれも、本当にこれがトランプ政権の方向なのかと突き詰めていくとわからない要素がある。アメリカには二つの大きな流れがあります。一つは、ホワイトハウスのトランプ氏の流れ、もう一つは、大統領を支える閣僚、補佐官、ベテランの軍人や戦略家、さらに上院下院の議会の流れがあります。要は、トランプ氏の発信する言葉だけを追っていると、アメリカの進もうとしている方向がわからなくなります。
 皆さん方もよくご存じのヴァンダービルト大学教授のジム・アワー氏が言っていました。トランプ氏の言葉は全部無視してよいと。ツイッターで発信されるとんでもないコメントも暴言も全部無視して、実際にしている政策を見れば、アメリカが向かおうとしているところがわかる。その通りだと思います。例えば、北朝鮮に対してです。北朝鮮は、明らかに今回、アメリカの、というよりはトランプ氏の足元を見ていたわけです。トランプ氏は、国内問題で苦しい状況の中にある。自分に仕えていたコーエン弁護士が議会で酷い証言をいたしました。罵詈雑言と言ってよいでしょう。あんなことをかつての雇い主に対して言うこと自体が、人品卑しいと私は感じましたが、トランプ氏はこれでものすごいダメージを受けるだろうと多くの人は思います。金正恩(キム・ジョンウン)氏もおそらく同じように思ったのではないでしょうか。加えてロシア疑惑もありました。二年もかけて特別検察官が調査した結果がどんなものになるのか、米国民も世界も注目していました。
 ですから金氏は寧辺(ヨンビョン)の施設を恒久的に全部破壊するから、経済制裁を解除してくれと言った。それをトランプ氏が受け入れると考えた。北朝鮮に強く出る政治的余裕はトランプ氏の側にないと考えたのでしょう。ところが、そうではなかった。ポンペオ国務長官が記者会見で言っています。「我々はもっと多くを委員長に求めた」と。「寧辺(ヨンビョン)の破壊だけでは到底受け入れられない。もっと多くがあるはずだ」と言って米国側は金委員長に求めたと言いました。トランプ氏が金氏に一枚の紙を渡したそうですね。この文書には全ての核兵器の米国への引き渡しや関連施設の完全廃棄などを米国側が求めていることが書かれていたと報じられました。トランプ氏が記者会見で語りました。「我々は、北朝鮮の国土の1インチ毎、何があるか全部知っているんだ」と。
 これから話すことは国家基本問題研究所の朝鮮問題の専門家、西岡力氏が発表したことですが、アメリカ及び西側の情報機関は、寧辺(ヨンビョン)の他にウラニュームの濃縮プラントとして3か所を疑っていた。この3か所を徹底的に調べた。ところが、全部これがダミーだったというのです。どうしてそれがわかったか、怪しいと思われる3か所の周辺の土砂を運び出させて、検査をした結果、ウラニュームなどは扱っていないということが分かったというのです。これはヒューミントが機能していることを意味します。土砂の運び出しは大変なことです。それをしかるべき研究機関まで持って行って、調べるのも大変なことです。でも米国のインテリジェンスはそこまで機能していた。3か所共にダミーだと判断して、彼らはさらに探した。アメリカは、問題とすべき工場施設は地下にあると考えた。原子炉は地下で作るのは難しいけれども、ウラニューム濃縮は電気さえあればできますから、おそらく地下に作るだろうと。地上に作れば情報衛星に見つけられてしまう、そう思って地下をずっと探していたら、思いがけない所にあることが判明した。「カンソン」の製鉄工場の中でした。製鉄工場の敷地にはいくつもの建物があり、その建物群の中に、ある日、何気ない一つの新しい建物ができた。地上です。衛星写真に映っている。で、アメリカはヒューミントを使ってここを調べ、ここでウラン濃縮が行われていることをつきとめたわけです。
 アメリカの情報能力がそこまであることを金氏は分かっていなかった。金氏にそのような情報も上がっていなかった。トランプ氏が政治的に非常に危ういところに立っている、今が交渉のチャンスだと思わせるような情報しか上がっていなかったと思います。そこで彼らは、十一か条に渡る国連制裁決議の内の2016年から17年以降のもの5項目を解除してくれと言った。トランプ氏は、北朝鮮側が全部解除してほしいと要請したと言いましたが、その同じ日の夜中に、李容浩(リ・ヨンホ)外務大臣と崔善姫(チェ・ソンヒ)外務次官が、げっそりとやつれた絶望的な表情で記者会見をし、我々は全部の解除を求めていたんじゃないと釈明しました。11項目の内の5つだけを求めたということでした。最初の頃にかけた制裁は贅沢品を北朝鮮に輸出してはいけないとか、車はいけないとかそういったものばかりで、北の政権にとって痛くも痒くもない内容です。一番こたえたのは最後の5項目、北朝鮮の石炭を輸入してはいけない。同様に北朝鮮の繊維製品を買ってはいけない。水産物についても同様に制限しました。この3つは北朝鮮の稼ぎ頭で、29億ドル、110円換算で3,000億円余りです。その29億ドルの輸出が制裁によって4億ドルに減ってしまっている。9割方外貨収入がなくなってしまった。これを取り戻したいというので、5項目を外してくれと言った。これは全部解除してくれと言ったに等しいわけです。で、トランプ氏の言ったことは本質的に間違いではなかったわけです。このような取り引きを北朝鮮はやろうとした。ここから明らかに読み取れることは北朝鮮は核兵器を諦める気はないということです。諦めるどころか私たちの側をだますことによって、自分たちの体制を立て直したい気持ちがあると思います。
 またちょっと歴史にもどりますと朝鮮半島はわが国の運命に大きな意味を持っています。日本国の文化・文明は、大変穏やかなものだと私は思っていますけれども、この穏やかな日本が対外的に幾度か歴史の上で戦ってきた、その一番最初が先に申し上げた白村江の戦いです。百済が新羅と唐の連合軍に滅ぼされ、日本に救援を求めた。日本は百済救済のための義戦に兵を派遣した。日本国防衛のためにもここはどうしても助っ人に行かなければならないという事情もあったが、結果は惨敗だったことはすでに申し上げました。その後も日本は唐と新羅の連合軍による日本侵略に備える態勢作りに励み、やがて真の意味で中華の支配する世界と距離を置いて大和の道を歩み始めたわけです。日本の最初の海外勢力との大きな戦いは朝鮮半島が原因だった。日清戦争も日露戦争も、朝鮮半島が主な原因だった。朝鮮半島のあり方はわが国の安全保障、国民の命に深く係わってくる問題です。
 そしていま朝鮮半島で起きていることは何か、皆さんも身に染みて感じていらっしゃると思いますけれども、文在寅(ムン・ジェイン)大統領の北に対する異常な傾斜です。文氏が三月一日に1919年、百年前の反日独立運動を記念してスピーチをいたしました。多くの日本のマスコミが、文氏は日本に対して厳しいことをあまり言わなかったと報道しましたが、そうでしょうか。日本に配慮をしているとか、米朝会談が物別れに終わりましたので、その影響で、本当はもっと日本に厳しく言うはずだったが、土壇場で調整したなどという解説さえありました。私はそのような見方に同意しません。あの三・一演説をよく読んでみると、一番最初に、文氏は、百年前のことを話しています。いかに日本の統治下で残虐なことが行われたか、三・一独立運動で街頭に出て、デモに参加した人たちは、202万人だと言いました。殺された人たちは7,500人だとも言いました。で、非常に興味深いのは、国家機関であります国史編纂委員会が演説の数日前に報告書を出しているんです。その報告書によると、デモに参加した人は通説で今まで200万人以上と言われていたけれども、それは間違いで103万人である。通説で7,500人以上が殺されたというけれども、それも根拠がなくて934人だと発表しました。934人でも、多くの命が失われたことは日本人として厳粛に受けとめるべきですが、それでも数字というものは、韓国の国家機関である国史編纂委員会が発表したものが韓国政府の数字になるべきだと私は考えます。でも文氏は、103万人の代わりに202万人と言い、934人の代わりに7,500人だと言った。
 非常に興味深いのは、当時朝鮮総督府が、1919年、100年前に、やはり調査をしているんです。朝鮮総督府の調査と今申し上げた韓国の国史編纂委員会の調査結果はほぼ同じです。つまり、日本政府は当時の混乱の中でも非常にきちんとした調査をしたということでしょう。
 でもそういった数字を全部すっ飛ばして、さっき申し上げたように文氏は、100年後の今日、韓国大統領として演説するときに通説の数字を使った。そしてその後に、もっと大事なことがあると言っているんです。それは、当時の日本が、デモに参加している人たちや反日運動をする人たちに対して「アカ」という言葉を使った、このアカという言葉は共産主義者を指しているにもかかわらず、日本人が反日運動をする人たちにも使ったために、日本が敗戦で引きあげた後も、日本の影響を受けた親日分子がそのアカという言葉をずっと使い続けた。そして、その言葉を、文氏は言いませんでしたが、反文在寅勢力がいま文政権に対して使っているというニュアンスのことを言うんです。
 この発言の意味を理解するには、演説の2日ほど前に、韓国の最大野党、朴槿恵(パク・クネ)氏の政党の代表選挙が行われ、立候補した3人が文政権を批判したことを知らなければなりません。3人の立候補者は、文政権は北朝鮮に寄り過ぎでこのままでは大韓民国が滅んでしまう、大韓民国の自由や民主主義とは全然違う方向に行っていると批判したのです。その中で、3人はアカという言葉を使いました。文氏は、この様に今でもアカと言って批判する人々がいる、それは日本の影響を受けた人々である、日本の影響を受けた人々や価値観は韓国にとっての弊害だ、積もり積もったこの弊害を一掃しなければならない、一掃するのが私の歴史的使命だというのが文氏の演説なのです。文氏は、直接日本をひどく非難することはありませんでしたけれども、日本統治以来、日本の影響を受けた人々が韓国にいて、その人たちが今も非常に悪い影響を与えていて、その人たちを一掃しなければならない、それは誰かといえば、朴槿恵(パク・クネ)の流れを受ける主流派なのだという意味です。
 何回か演説を読み返して私は、底意地の悪い反日だと思いました。対日批判としてはそれほど激しいものはなかったかもしれませんが、スピーチ全体が日本への悪意で染まっています。彼らの目指すものは社会主義経済であり、北朝鮮への同調です。これから先、朝鮮半島は一体どうなるのか。文氏は、連邦政府という言葉を言っています。連邦政府は、金日成の時代から北が南を飲み込むのに一番良い方法だとして、北朝鮮が目指したものです。連邦政府ができたら、事実上、南北統一が実現され朝鮮半島全体に北朝鮮の影響が強く及ぶだろうと思います。その時に、果たして北朝鮮から核兵器は一掃されているのか、皆様方のご専門の分野でありますが、非常に難しいんじゃないかと思います。もしそれを除去するとしたら、アメリカが相当手強い行動に出なければできない。でも、アメリカが北朝鮮に強硬外交を展開したり、軍事行動を起こす可能性はあるのか。シリアと比較してみることが大事かもしれません。
 トランプ氏は突然、シリアから兵を引くと言った。シリアには米兵2,000人がいます。米軍を撤退させるという大統領の発言に上院も下院も反対しました。さまざまなシンクタンク、メディアまで反対しました。ニューヨークタイムズのようなリベラルなメディアもまだ時期が早いとして反対の論説を出しました。結果として、トランプ氏は方針を転換した。2,000人引き上げるはずが、200人と200人で、400人残さざるを得なくなりました。ところが、朝鮮半島に関しては兵を引くとか、米韓合同軍事演習を止めたとか、米軍の朝鮮半島に関する行動のおよそすべてが中止されても、シリアの時のような反対論が起きているわけではない。今28,500人の米軍が朝鮮半島にいます。22,000人まではトランプさんの一存で引けるようになっている。22,000を切るようなときには議会の承認が必要だという法律が作られましたが、ボルトン補佐官は釜山のあたりに米軍の拠点さえ確保できれば朝鮮半島から撤退しても良いというような議論をかつてした。そうすると、アメリカが朝鮮半島にどれだけコミットするかについては、なかなか難しい面があるのではないかという見方ができます。
 国家基本問題研究所の議論の中でこの話題になったとき、研究員の島田洋一教授が、アメリカが引いた方が良いかもしれないという見方を披露しました。米軍が撤退すれば朝鮮半島を攻撃する場合、米軍への被害を心配せずにすむ、つまり軍事行動の自由度が上がるという見方です。ボルトン氏はそう考えているというのが島田さんの見立てです。日本にとってそれで良いのかと問わなければなりません。38度線が対馬に降りてきてそれで良いのか、対馬の現状を見ると本当に大丈夫なのかと考えざるを得ない。対馬の土地が韓国資本に買われてしまっている。このような状況の中に、私たちの国はある。何もかもを大国米国に委ねたり頼ったりすることができないのは当たり前の話です。そうした中、日本がもっているのは自衛隊の存在があるからだと、私は思います。でも今のままではやはり力が足りない。何をすべきかは明らかです。きちんと自衛隊を憲法の中に位置づけ、その先に本格的に憲法改正をしなければならない。実情を考えると日本は非常に危ういところに来ていると私は思います。
 もう一つ、朝鮮半島よりももっと心配しなければいけないのが中国です。中国、全人代が開かれました。経済問題について、李克強(リ・コクキョウ)首相がアメリカを意識して柔軟な路線を打ち出しました。でも中国の軍事予算は7.5%も増える。約20兆円の軍事予算になる。自衛隊の4倍です。予算を大幅にふやす一方で、実際の戦闘には備えなければならない、実戦に則した軍事訓練の水準を高めなければならない、国家の主権、発展の利益を断固守らなければならない、軍事産業へのテコ入れを強化しなければならない、有事の際の国民動員体制を強めなければならないなどと、多くのことに言及して、李氏は軍と人民の団結を謳い上げました。
 日本にとって、こうしたことは一つ一つ脅威の矢となって突き刺さってきます。そしてまた、習近平(シュウ・キンペイ)国家主席が第19回共産党大会で語った内容を思いますと、中国は、アメリカとの貿易戦争で苦しんでいても路線を変えることは恐らくないだろうと思います。氏の演説内容はすでに十分、各メディアで紹介されていますが、主な点は、2035年にはアメリカを追い越して世界最大の経済大国となり、建国100年の49年は世界最強の軍事大国になる、つまりアメリカを軍事的に追い越すと言っているわけです。その時に世界がどういう状況になるか、中国共産党の価値観の下で世界の秩序を保つことがみんなの幸せになると言っているわけですね。非常に興味深いと思ったのは中国の国内の多くの民族を束ねる時の表現として習氏が使った「ザクロの実」です。全民族がザクロの実のようになるのが良いというのです。ザクロの実は堅い殻におおわれている。この堅い殻が中国共産党の教えです。殻を割ると中にぎっしりと実が詰まっている。その一つ一つの実が一つの民族であるというのです。習氏の世界観はその延長線上にあるのでしょう。それが人類運命共同体という言葉です。人類運命共同体では共産党の価値観が至高のものとされ、それをみんなが学習し、実践していくことでウインウインの関係になると習氏は語っています。今もその旗を降ろしたわけではありません。米中のせめぎ合いが進行する中で、世界が二つの価値観に分かれてせめぎ合っているのは明らかです。
●日本は価値観の旗を振れ
 私たちの陣営には、アメリカ、ヨーロッパ諸国、アジアの多くの国々がいます。向こう側陣営は中国です。ロシアが大国として甦るとはどうしても思えない。その中で、価値観の戦いをどう制していくかを考えなければなりません。こちら側で価値観の旗を振るのは一体どの国なのか。アメリカは間違いなく世界最強の国であり、世界で最も実力のある豊かな国です。国力の基盤である人口においても、アメリカは世界の先進国の中でたった一つ少子高齢化の問題に直面していません。アメリカの総人口は3.3億人ですが、今世紀末までに4.8億人になると言われている。中国は今13億8千万人ぐらいですが、これがやがて14億になって、それをピークに目に見えて減り始めます。今世紀末までに、驚くことに6億人に減ると見られている。14億人から6億人、その時にアメリカは4.8億人。自由、民主主義の下で暮らす4.8億人は、そうした価値観を与えられずに、それゆえに創造性も十分には発揮できないであろう6億人よりは優れた社会や国家をつくるのではないかと思います。従って、アメリカの方が中国の優位に立つと思うのですが、そのアメリカに21世紀の前半から後半、人類のあるべき理想を託して、彼らのリーダーシップに全面的に期待してよいのか。恐らく日本がこの局面で重要な役割を果たすべきなんだろうと私は思います。すでに指摘したように、日本は非常に穏やかな文明を育んできました。何度か戦争はしましたが近代日本の基本的な考え方は、明治政府樹立直後に発布された五箇条の御誓文に表現されています。当時の我が国に欠けていたのが情報力、軍事力、経済力です。ないない尽くしの日本が他国に侵略されないように国民に自覚を促した。国民全員でこの国を作っていくという自覚を促した優れて民主主義的な教えが五箇条の御誓文です。そのような価値観こそ、21世紀の国際社会に必要だと思います。それを掲げることが我が国の役割であり、そのような価値観を体現しているのが自衛隊ではないかと私は考えています。
 今日お話し申し上げたことは、必ずしも軍事の面からは皆様方のご期待に添えないものだったと思います。しかし、我が国の歴史を振り返ってみると、冒頭に申し上げた、我が国の皇祖神、タカミムスヒと呼ばれた神をアマテラスに替えた可能性さえある。それだけ古代の人は大和の道、日本民族の国というものを意識して、中国大陸と距離を置こうとした。大和民族として生き抜こうとした。その後も幾度も多くのことがあったけれど、原点は常に日本国とはこういう国なんだという意識ではないかと思います。今もう一度、そのような原点に立ち戻ることが大事だと申し上げて、私の話を終わりたいと思います。どうもありがとうございました。

                               (28期空 遠目塚 進 記)

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